「Craft x Tech」は、日本の伝統工芸と現代的なテクノロジーを繋ぐ新しい試みです。工芸の美しい素材や技法を、歴史と未来の両面から見つめ、新しく特別なアート作品へと昇華していきます。伝統工芸の各産地と、世界的に活躍するデザイナー / アーティストによるコラボレーションをプロデュースすることで、時に数百年という歴史を持つ工芸に新しい発見をもたらすことを目指しています。Craft x Techの第一回目は、東北6県の6産地とクリエイターがコラボレーションします。
また、アート作品の制作のみならず、「Craft x Tech」に参加するクリエイターと工芸職人の各ペアによる対談を、レクチャーシリーズとして展開しています。

本イベントは、2023年から始まった特別レクチャーです。2024年の5月24日に開催した第5回目は、有限会社イシオカ工芸代表取締役社長の石岡健一氏と、インダストリアルデザイナーのイニ・アーキボン氏をお迎えしました。
石岡健一氏によるレクチャー

石岡健一 (いしおか・けんいち Kenichi Ishioka)
青森県漆器協同組合連合会、会長。有限会社イシオカ工芸、代表取締役。
江戸時代から受け継がれる400年の歴史を有する津軽塗。イシオカ工芸では現代のライフスタイルに合った津軽塗の製作に拘り、伝統を守りつつ、新しいものづくりをしている。津軽塗の伝統技術を海外でも評価を受けたいと考える。
津軽塗の歴史

津軽塗は青森県弘前市を中心とした、津軽地方で生産される漆工品です。その歴史は17世紀にまで遡ります。弘前藩第4代藩主の津軽信政(1646-1710)が、武具や日用品の生産を請け負う漆職人を弘前に集めたことが発端と言われています。
津軽塗には4つの技法があります。まず「唐塗」は穴の空いたヘラで漆の斑点模様を付けたのち、色漆を塗り重ね、そしてその色漆の層を研ぎ出した色鮮やかな模様が特徴です。2つ目の「七々子塗」は菜種で小さな輪紋を作り、その上に色漆を塗り込んでから研ぎ出します。小紋風の粋なデザインに仕上がります。3つ目の「紋紗塗」です。紋紗とは文様を織りだした紗という織物のことで、その紗に似ていることから名称が付けられました。黒漆で文様を描き、全面に炭粉を蒔いてから研ぎます。艶を抑えた黒地に漆黒の文様が浮かび上がり、モダンな雰囲気に仕上がります。最後の「錦塗」は、七々子塗の地に古典的な唐草文様や紗綾文様を描き込んだ、華やかさと風格を兼ね備えた塗り方です。
製作の大まかな流れは、まず漆掻きから始まり、木地を作り、下地を作ります。その後実際に漆を塗って研いでいきます。唐塗の場合、漆掻きから艶付けまで全工程数は48にも上ります。
津軽塗の課題と販路拡大に向けて

私たちの現在の課題は、津軽塗の売り上げが落ち込んでいることや、職人をやめる人が増加していることです。これから津軽塗りの製品が売れなくなる可能性を見越して、自分の息子には継がせないという方もいます。バブル崩壊も確かに影響はありましたが、後継者を育てていかなかったというのも原因ではないかと私は思っております。
そんな中で、売り上げを回復させるにはどうしたらよいのかを業界内で相談をしたところ、海外展開をしていくことも視野に入れないといけないのではないかという結論に至りました。そこで、私が担当してデザイナーの方と組んで新しい津軽塗の製品を作り、2017年にイタリアのミラノサローネで展示しました。この時、私もミラノに赴いてお客様へ説明しましたが、海外での販路開拓については全くの無知で行ったため、何につながったのか自分でもよく分からないうちに終わってしまいました。
翌年の2018年には、フランスのメゾン・エ・オブジェに出展しました。この時はいくつかの会社との商談を行うことができたため、津軽塗を世界に紹介できるという構想を持って帰国しました。しかし、B to Bはやはり難しい。商売となればコスト削減などの厳しい問題を突きつけられることになります。そうしているうちに、やり取りがなくなり、こちらから呼びかけても返事がまったく来なくなってしまい、この時も結局うまくいきませんでした。海外展開をするには、鉄は熱いうちに打てというように、お互いのやり取りが活発なうちにプロジェクトをどんどん先へと進めなければならないということを思い知らされた展示会でした。
新しい津軽塗に向けて

海外への販路拡大が失敗に終わったことで、日本国内向けにも何か新しいことをやらなければいけないという意識が生まれました。そこで検討を重ね、迷彩柄をアレンジした文様を施したお椀を開発したところ、全国漆器展で一等賞をいただきました。これは今でも人気商品として生産されている商品で、ご覧になったファッションブランドのBEAMSさんが、ぜひこの迷彩柄を使った商品を開発したいとご連絡いただき、実際に完成したのがこのブラックウォッチ柄の津軽塗背品です。当初、私は「これは大変な作業量になるぞ」と思ってお断りしていたんですが、話し合いを重ねているうちにだんだんとやってみたくなってきました。試行錯誤を繰り返して文様ができあがり、BEAMSさんもこれなら販売できると確信されて商品化したところ、ほぼ完売しました。このようなコラボレーションはとても可能性のあるPRになるということを実感しました。
イニ・アーキボンとのコラボレーションについて

今回のプロジェクトは、デザイナーさんと組んで海外展開できるというのがとても魅力で、ぜひ参加したいと応募しました。イニさんは大変気さくな方で、お話ししているうちに津軽塗に魅せられているのがよく分かりましたから、この方となら良いものができそうな予感がしました。職人ともお話をしていただき、製作している現場を見ていただくことで、どのような工程を経て津軽塗が生まれるかしっかり伝えることができました。
製作過程では、なかなかデザイン案や文様が決まらなかったりして気を揉むこともありました。しかし、さすがのイニさん。あるタイミングで、デザイン案や文様が一気に決まり、塗りの工程も一気に進めて、本来ならば4、5ヶ月ほどかかるものが1ヶ月半程度で完成したのが、今ここで展示されている作品です。
今回はイ二さんと組んで新しい津軽塗をご紹介できたことが本当に嬉しく、この事業に参加させていただいたことに感謝しています。このような形でコラボレーションと海外展開がうまく結びつけば、津軽塗を世界に広めていくことができるのではないかと考えております。
イニ・アーキボン氏によるレクチャー

イニ・アーキボン
デザイナー / アーティスト。 世界各国のデザインイベントやVictoria & Albert美術館を始めとするギャラリーや美術館などで作品を展示するだけでなく、エルメスやノールなどの世界的ブランドとも協業した経験を持つ、活躍がめざましい若手クリエイター。
ナラティブの創造と素材の探求

私が製作で重要だと思うのは、1つのナラティブを創ることです。
このマスクは、バラバラに離れてしまった子供たちが、また1つに集まるという神話を表現しました。この話の中での私の役割は、世界へ冒険に出て、様々な文化、すばらしい工芸品、最高の技術を持った職人と出会い、離ればなれになってしまった子供たちの精神性を歴史的に重要な表現として残せるような作品を作るということです。この作品では、イタリアのベネチアで何世代にもわたってガラス製品を作り続けている職人と仕事をしたことで、彼らの持つガラスに対する知識を最大限に生かした作品を作ることができました。
私は素材を概念的に、そして形式的に探求するのが重要だと考えています。また、珍しい素材を扱うことも重視しています。例えば、火山から出た黒曜石を脚に使ったテーブルを制作した時は、自分がどのように素材を認知しているかという境界を押し広げてくれました。また、別の作品では石を幾何学的に、かつ機械的に彫っていきましたが、あくまで自然に侵食したかのような印象を持たせることを目的としていました。それぞれは一回限りの試みで、終わったあとは一旦脇に置いて後日使えるようにカタログ化します。
作品制作において、未知なるものが私に話しかけてくるようなインスピレーションを大事にしています。今回も、青森の津軽塗の職人と連携することで、彼らが受け継いだ技術と繋がることができました。
インタラクションの重要性

他にも、私はインタラクションを重視しています。オブジェクトにインタラクティブな面があると、観察者を参加者に変えることができます。何がオブジェクトなのか、または何がデザインなのかという力学を変えることができるんです。その空間にエネルギーを与えて、見ている人をわくわくさせることができます。
この作品はオラクルというものですが、これは初めて作ったインタラクティブな経験に没入できる作品です。舞台の上にある彫刻に触ると、部屋の中で流れる音が変わってきます。中央にある彫刻を回転させると、前方のプールに流れる波動が変化し、様々な波紋が現れます。
この作品の製作を通じて私は英樹さんに会い、英樹さんはこの作品の実現に手を貸してくれました。それは今回の作品『Artifact #VII』の実現に向けても同様です。このように、2人が協力して行ったプロジェクトが思いも寄らぬ方向へ変換されていくのがおもしろいと思っただけではなく、友情を育んでお互いへの敬意を持ったことが、今回私が日本ヘ来て日本文化を探求することに繋がったことに、とても感謝しています。
最近の動向

あるとき、ランプを作ろうと思ってミラノの工房で作業していたのですが、ランプの全体的な形はある朝突然頭の中に浮かびました。職人さんに「今日は何を作るんですか?」と聞かれチョークを渡されたとき、床に自然とその形を描くことができたのです。この形はかれこれ4年ほど作り続けています。これは私の経験の中でもとても重要な瞬間でした。というのも、建築やインダストリアルデザインの縛りから自分自身を解放することができたからです。以前は、完成像を得る前に設計図を何枚も描き直したり、スケッチを100枚描いていましたが、今やふっと降りてくるアイデアをそのまま形にすることができるようになったのです。
先月ニューヨークで展示されたテーブルは、私が以前そうしていたような厳格さや正確さが反映されているものではありますが、私はそこにある種の冷たさを感じましたし、何かが欠けていると思いました。そこにもっと命を吹き込みたいし、デザインされ作られたものというよりは、庭を掘っていたら偶然見つけた石のように自然とそこに存在するような、人の温かさが感じ取れるものを作りたいです。
津軽塗とのコラボレーションについて
私はインダストリアル・デザイン、ファインアート、音楽を学んできました。今回のプロジェクトで製作した音を出す彫刻は、これらの背景を生かして製作したものです。
石岡さんのお仕事と津軽塗に私を引きつけたのは、正確さと洗練のバランスと、しかし同時に存在する秩序だった混沌と有機的に構成された文様です。製作工程は繰り返し行われますが、決して同じものにはなりません。たとえ永久に行ってもです。そして、とても自然なことを行っているのに、同時にとても統制されている。工房でお仕事を拝見しましたが、同じ事を何度も繰り返します。私はそれを瞑想のように感じました。自分の中から直接取り出してきたかのような質の高い工芸は、実に高いレベルの精神性を宿したものだと思います。このような非常にレベルの高い工芸とそれを作った方の前に立つと、その方は自分とは異なる側にいる何かと意思疎通しているのではないかと思います。ですので、メタファーとして、今回製作したものにはシンセサイザーを入れました。近寄ると作品のエネルギーを音として体験することができます。
石岡さんと英樹さんには、このような機会をいただけたことを本当に感謝しております。実はこの度、私の弟も同行していまして、彼にも感謝しております。というのも、弟は小さい頃から日本語を習っていまして、それによって今回のプロジェクトをよりスムーズに進めることができました。日本文化を理解し尊敬する弟と一緒に日本を訪れたことで、より深い議論ができましたし、青森の皆様と何百年と続く工芸に私たち自身を紹介することができました。そして世界にとって重要なものを一緒に作ることができたのです。
[開催概要]
日時:2024年5月24日 (金) 18:00-19:30
場所: 九段ハウス
東京都千代田区九段北1-15-9
登壇者:石岡健一、イニ・アーキボン