【Craft×Techレクチャーシリーズ Vol.3】「置賜紬 × 落合陽一」@東京大学

【Craft×Techレクチャーシリーズ Vol.3】「置賜紬 × 落合陽一」@東京大学

2024/02/09

(Event)

「Craft x Tech」は、日本の伝統工芸と現代的なテクノロジーを繋ぐ新しい試みです。工芸の美しい素材や技法を、歴史と未来の両面から見つめ、新しく特別なアート作品へと昇華していきます。伝統工芸の各産地と、世界的に活躍するデザイナー / アーティストによるコラボレーションをプロデュースすることで、時に数百年という歴史を持つ工芸に新しい発見をもたらすことを目指しています。Craft x Techの第一回目は、東北6県の6産地とクリエイターがコラボレーションします。
また、アート作品の制作のみならず、「Craft x Tech」に参加するクリエイターと工芸職人の各ペアによる対談を、レクチャーシリーズとして展開しています。

本イベントは、2023年から始まった東京大学での特別レクチャーです。2024年2月に開催された第3回目では、山形県の伝統的な織物「置賜紬」の作り手である株式会社新田の代表取締役社長 新田源太郎氏と、研究者・メディアアーティスト・起業家と複数の顔を持つ落合陽一氏をお迎えしました。レクチャー後の対談では、ハイケム株式会社 取締役サステナベーション本部長である高裕一氏をゲストにお招きし、Craft x Tech クリエイティブディレクターの吉本英樹を交えた4者での座談会となりました。

置賜紬 新田源太郎氏によるレクチャー

新田源太郎(にった・げんたろう Gentaro Nitta)
1980年山形県米沢市に生まれる。2003年京都老舗帯屋にて着物・織を学ぶ。2005年 株式会社新田に入社。日本伝統工芸展「新人賞」、米沢市芸術文化協会「協会賞」、MOA岡田茂吉賞「新人賞」、日本工芸染織展「東京都教育委員会賞」、他多数受賞。LEXUS NEWTAKUMI PROJECT 2017山形県代表。2017年 株式会社新田代表取締役社長(5代目)に就任。公益社団法人日本工芸会 正会員。

米沢の自然と置賜紬の歴史

山形県の置賜地方は東北地方の中央部に位置しています。ここは冬の豪雪地帯として知られていますが、農産物と畜産に恵まれた、自然豊かな環境です。置賜紬はこの中でも米沢市、長井市、白鷹町の3つの地区で作られています。紬というのは繭を真綿にして、手引きした絹糸を使って作る絹織物です。置賜紬の発展には上杉鷹山(うえすぎ ようざん 1751–1822)の存在が欠かせません。そもそも、米沢では、17世紀から青苧(あおそ、からむしともいう。麻から取り出された繊維)、紅花、漆などの産業が発達していました。なかでも、青苧は高品質で、蚊帳や着物の原料として奈良や新潟まで販売されていたといいます。しかし、鷹山は原料の供給よりも製品化した方がより多くの利益をもたらすと考え、絹と青苧を組み合わせた裃や武士の夏用の着物の製作を奨励しました。経糸に絹を、横糸に麻を使用した生地は、麻のさらりとした感触に絹のしなやかさと光沢が加わって、実用的かつ高級感のある生地となりました。

新田が復活させた紅花染め

新田の工房は1885年に創業しました。もともと武士の家系だったのですが、先ほどの鷹山公の政策もあって織物を作っていたこともあり、明治時代になって機屋として起業しました。武士向けの製品、特に袴が主力商品でした。「新田といえば袴、袴といえば新田」と言われていたほどです。

ところが近代以降、日本人の服装が洋装に替わっていくと、当然袴の需要は減っていきました。昭和には主力製品が下着に替わっていきます。その中で、3代目の新田秀次と富子、つまり私の祖父母が、1963年頃から紅花染を再開発しようと試み、成功しました。江戸中期、山形は日本一の紅花の生産地でした。紅花は染織だけでなく、漢方薬、女性の口紅にも使われていた花で、金と同様の価値があったと言われたほど、希少価値が高く、高価なものでした。しかし、明治以降、化学染料の導入などによって紅花染は衰退してしまいます。祖父母は紅花染でしか出せない美しい赤を使用した着物を復興させたいと思い、結果、染めから織りまで一貫して行う生産体制を確立しました。今では、重ね染めや重ね塗りなどの技法によって、様々な色合いの製品を自社で製作しています。

新田の強み

新田のように、自社で染めから織りまで行っている会社は少ないです。どこの産地でも分業制を取っているところがほとんどです。新田では手染めから機械染め、糸染めから生地染めまで対応していますし、植物染料だけではなく化学染料も取り扱っています。織りも手織りと機械織りのどちらも行っています。手織りの技術は今回のCraft x Tech でも活用しようと考えているところです。

こういった機械は私たちでメンテナンスしています。例えば、反物の耳をきれいに調えることは着物を扱う場合に大変重要なのですが、この作業に用いる織機は100年ほど前のものです。これを自分たちで調整しながら、大事に長く使っています。

これまでの挑戦とこれからのコラボレーションに向けて

私は生まれたときから家と工房が一緒の環境で育ちましたので、幼い頃から工芸に親しんできました。必然的にものづくりの道に進み、現在では伝統工芸士として日本工芸会に所属し、年1回、日本伝統工芸展に出品しています。最近出品したのは袴です。日本全国だけでなく、米沢でも生産数が減少していますが、もう一度その良さを見直したいという思いから発表しました。糸は自分で60種類の色で染めて織っています。このように、一つの作品を最初の工程から作っていくことを、今後も継続していく方針です。 祖父母が紅花と出会ったように、このような機会を通じて新しいものづくりを発表して、その経験を次の世代へ繋いでいけるのではないかと期待しています。

メディアアーティスト 落合陽一氏によるレクチャー

落合陽一(おちあい・よういち Yoichi Ochiai)  
メディアアーティスト。1987年生まれ、2010年ごろより作家活動を始める。境界領域における物化や変換、質量への憧憬をモチーフに作品を展開。筑波大学准教授、デジタルハリウッド大学特任教授。2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)テーマ事業プロデューサー。近年の展示として「おさなごころを、きみに(東京都現代美術館, 2020)」、「北九州未来創造芸術祭 ART for SDGs (北九州, 2021)」、「Ars Electronica(オーストリア,2021)」、「Study:大阪関西国際芸術祭(大阪, 2022)」、「遍在する身体,交錯する時空間(日下部民藝館,2022)」など多数。また「落合陽一×日本フィルプロジェクト」の演出など、さまざまな分野とのコラボレーションも手かげる。

計算機と自然

物理学者で随筆家の寺田寅彦(1878–1935)が発表した『日本人の自然観』という随筆の中で、当時の科学者が自然と人間を対立させて別々の存在のように考えているが、実は両者は一つのものであるということを述べています。続けて、人間も長い時間をかけてその環境に適応してきているのだから、その環境の特異性は何らかの固有の印銘を人間に残しているはずだ、と推測しています。私は、これは伝統工芸にも当てはまるのではないかと思っています。

私は現在、メディアアーティストとして、「計算機と自然」をテーマに作品を製作しています。「計算機と自然」とは、自然と人間を分離させない有機的な世界を作ることを意味しています。そもそも、東大の博士課程に在籍していた2000年代後半頃は、質量のない構造をどうやって作るかということをテーマにしていました。構造はあるのだけれども、電気が消えたらなくなってしまうようなバランスの上に成り立ち、しかもプログラムで作ることのできるものとは何かを考えていました。例えば、音の拡張のシミュレーターで形を作り、物を浮かして空中に物を写す、ということを研究していました。他にも、プラズマで空中に図像を投影することも行いました。

その後研究室を設立するにあたり、研究のテーマとして、質量のある元来の自然と、質量のないデジタルの自然を止揚させた先には、おそらく物質・身体性とデータの間に生まれる新しい自然があるだろうと考えました。そのときには、遺伝的、神経的サイクルのメタ構造をどう定義するかというのが問題になるだろうと考え、これを研究室のテーマにしました。

世界+、世界−、世界+−の間のnull(ヌル)

私は質量のある自然を世界+、質量のない自然を世界−、そしてこの二つが合わさった計算機自然を世界+−と呼んでいるのですが、この3つの世界の間にあるnull(ヌル)が問題になると考えています。Nullとは、コンピューターメモリ−に何も入っていない状態のことをいいます。3つの世界が交わったところにできる何もない状態を、何もないところから生まれて何もないところへ帰って行くという日本及び東アジアの哲学になぞらえ、物理的、情報学的、そしてコンピューター技術的に構築しています。2025年に開幕する大阪・関西万博のパビリオンで、これを実際に皆様にご覧いただきます。

なぜ伝統工芸か

このように、私はデジタル世界に馴染んできたのですが、一方で工芸や民芸にも興味を持っています。そもそも、テクノロジーと伝統工芸や民芸は何か違うのだろうか?技術は常に、自然を新しく生むための道具ですから、自然と寄り添うということと、技術を発達させるというのは、相反することではないという考え方は、戦前では概ね受け入れられていたように思います。ところが現代ではそうではない。これは大きな問題です。そして、デジタルの自然が成立したら、その自然に民芸は成立するのでしょうか。

私は写真をやっていますので、それに使う素材や技術は慎重に吟味します。今ご紹介しているのは、職人さんの作った手漉きの紙に、デジタル技術とプラチナプリントという19世紀のテクノロジーを使って写真を印刷しているところです。このように、質量のある世界とない世界を行ったり来たりする中で、昔からある技術や考え方に興味を持ち、それを作品に活かせないかと思案しています。

置賜紬とのコラボレーションに向けて

柳田国男(1875-1962)は、「家を持つといふこと」という随筆の中で、自然は成長する、変化する、と言っています。柳の頃はこの考え方は当たり前のようにあったのかもしれませんが、今はそうではないですね。現代社会において、この変化する自然という前提と、我々の生活、さらに持続可能性との問題を形にするとしたらどうなるだろうか、伝統とテクノロジーを掛け合わせてどのようなものを提示しようかと考えたとき、茶室がいいのではないかと思いました。置賜紬という織物と土地を茶室に詰め込むにはどうしようかと新田さんと考えています。茶室の基本構造は、立方体や長方形の形を作り、その中を格子構造で組み立てていくものとなっていますが、そうではないものを作りたいと思っています。

ハイケム株式会社の高裕一氏を交えた対談

レクチャーの後半では、Craft x Techのスポンサーの一社であるハイケム株式会社の高裕一氏をスペシャルゲストに迎え、新田源太郎氏、落合陽一氏と共に鼎談しました。

高裕一(たか・ゆういち Yuichi Taka)  
1986年3月生まれ。中国の復旦大学を卒業後、宇部興産(現UBE)を経て2014年 ハイケムに入社。2022年1月 ハイケム株式会社 取締役サステナベーション本部長に就任。
ハイケムは化学品商社であると同時に新たな技術開発にも注力。トウモロコシ由来のPLA繊維の開発やCO2を活用し化学品を製造するCCUの技術開発にも着手する。
吉本英樹(よしもと・ひでき Hideki Yoshimoto)  
東京大学先端科学技術研究センター先端アートデザイン分野、特任准教授。デザインスタジオTANGENT創業者。デザインとテクノロジーを融合させる手法で様々な作品を発表し、世界的ブランドにも多くのデザインを提供。「Craft x Tech」の発起人・総合プロデューサーであり、自身も参加クリエイターの一人。

吉本 新田さんにお伺いします。新田さんは伝統を守る当事者でもあり責任者でもありますが、落合さんとコラボレーションする新しい取り組みにもとても積極的です。その活動についてどのように考えていらっしゃるのでしょうか。

新田 私はたまたま工芸のできる環境に生まれただけだと昔から思っていますが、ただ好きなので続けたいというのが動機です。何もないところから自分の力で作り上げることができるって、本当に素晴らしいことだと自負しています。ですから、伝統を守らなければならないとか、未来に対してどう行動するべきかと考えながら物作りをしているわけではないです。今回のコラボレーションでは、本当に興味を持つことの大切や、そこにどう応じていくのかを考えることが、結果として未来を自分で作ることになるのではないか、と落合さんとお話ししていて思います。

落合 新田さんが面白いのは、機械が壊れた時に、自分たちで直したりするところ。つまり、あるプロセスに関わるものを、全て自分で手作りし直せる人たちの集まりを形成しているところが、一番ユニークであると感じています。

新田 自分でやることの信念を知ったからこそ、完成を見るために作り続けます。完成した喜びっていうのは、ひとしおになりますから。失敗の成功は成功といいますか、失敗も自分のせいっていうふうに捉えられますし。

吉本 落合さんもご自身で装置を作りますね。

落合 そうです、意外に思われるかもしれませんが。自分で作れないものも、もちろんあるります。例えば、織り物は作れないです。でも楽しいのは、何人か集まってものを作った時、初めて自分の想像を超えていくところです。

吉本 落合さんが工芸や民芸に興味を持ったのはなぜですか。意外に思った方もたくさんいらっしゃると思います。

落合 自然が変わるという考え方に出会ったのがきっかけです。自然が変わると、民芸が変わるのだろうかと思っていました。

つまり、自然にできたものが、民芸を構成するわけですが、自然が拡張されるとできるものものも変わるから、今民芸をどう考えたらいいのだろうと思って調べ始めました。すると、意外にも絵画の分野には写真技術が入ってきたりとか、あとは西洋科学が入ってきてそこに反応を示すようなことがあったということが分かりました。そうではないところでは、自然とは何かということを考えます。自分がやってきたこれまでの研究とも重なるところが多いです。

吉本 私は伝統やテクノロジーは自然+のことかなと思っていましたが、落合さんは自然-と捉えていますね。

落合 伝統自体がソフトウェア、つまり自然-ですから、伝統工芸は自然+-ですね。

吉本 新田さんがやってらっしゃることもそうかもしれませんね。伝統工芸を自然+-だとすると、それを新田さんのような方々が回している、という感じがします。新田さんもこのプロジェクト以前、いろいろと新しい試みをされてきています。このプロジェクト以前は、どういう気持ちでそのようなことをやられていたんですか。

新田 私は物を作る一人の職人であるわけでが、世の中のことをいろいろ知っているつもりでも、実は何も知らないと感じることが多々あります。私の場合、着物作りを中心にやっていくと、そこに集中すればするほど、広い世界が見えなくなってしまいます。今までやったことのないことをやらせていただくお話をいただいたときは、非常に嬉しいです。様々な人のつながりによって新たな世界が見えてくる。ですので、昔も今もそうですが、また違う世界を構築するために、人との出会いを通してものづくりができてるなって思ってます。

先ほどの自然についてですが、これは本当に深い話です。自然とは何か。実際、先ほどの写真に写っていた農村は、完全に自然ってありながら、人間が作り上げた川のせせらぎなどもあるんですよ。でも、それを分かっていながら、あえて綺麗だなって思えるのも、ある意味では自然であるということですね。

落合 手付かずの自然なんていうものはほとんど残ってないんです。だけど、手付かずではない自然だからといって、壊していいわけでもない。農村があって、農村じゃない都市があってから自然に戻ってきたっていうのが、戦後の自然観を構築しているのなら、そこにデジタルが入ってきたときに、私たちの自然観がどう変化するかを見てもらういい機会なのではないかと思います。

吉本 ただ、そのときに何が自然なのかという疑問は出ませんか。特に身体性との関わりです。この世の中の進化のスピードが余りに速くて、人間の身体性が追い付いていかないのではないかと心配しています。

落合 質量のない世界をあまり特別視しなくてもよいのかと思います。シンボルを持った瞬間に、質量のない世界の変形が見えます。例えば、猫が「にゃー」と鳴くと、私たちは猫が何かをするか、または何かを伝えていると思います。情報が圧縮されていれば、質量-を持っているといえます。

日本語の自然と英語のネイチャーは違います。ネイチャーはものの性質や本質という意味を含みます。対して、日本語の自然は森羅万象の意味があります。つまり、ユニバースとネイチャーが合わさったようなものが日本語の自然に当たります。そうすると、人間が入れる生態系についてどう考えるかということも重要です。

吉本 落合さんが茶室を作りたいというのは、茶室の中にユニバースとネイチャーがあって、そして人間の身体があるからということなんですね。

落合 茶室は質量-でできている質量+かなと思っています。でもその中で行われていることは身体を使ってお茶を飲むということです。プロセス自体もアナログです。デジタルとフィジカルの世界に、AIと自然の世界に、テクノロジーと工芸の世界に、これが与える意味というのは非常に大きいです。

吉本 新田さんは今回のプロジェクトについてどうお考えですか。

新田 非常にワクワクしますよね。ただ物を作ればいいっていうことじゃなくて、背景を知るとなおさらです。こういう意味なのかなと理解して、点と点がつながっていく過程っていうのを、自分で感じられると、より一層楽しみになります。

今回も、こうやってお願いさせていただいたことによって、新たな作品が出来上がったりしました。また次もやりたいと言えるように、自分自身を高めたいですね。

知識も増えますし、逆に今までやってないことに挑戦して、こんなこともできますよって言えるようにしていくことが、職人さんのものづくりとしては重要だと思っています。

吉本 ちなみに、織物をやりたいというのは落合さんからの希望だったのですが、その理由について教えてください。

落合 このお話をいただく前に、偶然福島県にいたんです。そこで苧麻を見ていて、これは何かに使えないかなと考えていました。その後に吉本さんから伝統工芸とのコラボレーションのお話が来たときに、置賜紬を紹介されたんです。

もともと、織物とコンピューターの類似性は昔から指摘されてきましたから、自分にとっても相性がよいのではないかと思いました。それに、織物は変貌自在です。織ると構造になり、包むと堆積に変わったり、透かすと壁になれば照明にもなります。

吉本 織物で茶室を作るのは初めてですか。

落合 柱を建てないで作れるかということに挑戦したいんです。立方体だと思われないようなものを作りたいです。

吉本 ここでもう一人ゲストをお迎えします。株式会社ハイケムの高さんです。

 初めまして、株式会社ハイケムの高と申します。私はCraft x Tech さんのスポンサーをしております。

先ほどの鷹山公のお話には驚きました。というのも、私は経営者として鷹山公を尊敬しているからです。ご存知の方もいらっしゃると思いますけれども彼は多額の借金を全て自分で完済したんです。これもご縁だなと思っていました。

私の会社は私の父と母が作った会社です。今は二人とも日本国籍を取得していますが、中国人です。文化大革命が終わったあと、再開した大学に一期生として入って、その後に商売を始めました。その蓄えを日本行きのチケットに変えて、東京大学に留学をしました。

二人とも化学を専攻していたので、東京大学で化学の修士を卒業した後に、三菱化学の研究者として働き始めました。その後に独立をして、ハイケム商社を立ち上げます。

父が一番得意で、かつ大事にしているのは、C1ケミカルというものでした。炭素をいかに物質に変換していくかを開発していったんです。その中で、ハイケムが持っている一番特徴的な技術というのが、一酸化炭素(CO)からポリエステルの原料を作るという技術です。カーボンニュートラルやグリーン化というものを世界中が求めている中で、一酸化炭素(CO)を二酸化炭素(CO2)に変えるということも、ハイケム会社は進めています。目指しているのは、CO2からポリエステルを作ることです。

吉本 CO2の繊維を作ったと聞いておどろきました。そんなことができるんですかと。

 すぐにでもできる状態にはなっているのですが、値段の問題が出てきます。COをCO2に変えるだけでも、今のポリエステルの値段が10倍になってしまいます。それではお客様には買っていただけない。化学産業は巨大な産業ですが、利幅は薄いんです。布屋さんは今まで通りの家格の商品を売りたいでしょうから。ですので、ハイブランドとの取り組みから始めるのがよいかもしれません。そうすれば、皆さんの生活にもCO2由来のポリエステルが入ってくる日も近いと思います。

吉本 繊維の未来を感じるお話ですね。落合さんはそのような話を聞かれたことはありますか。

落合 カーボンリサイクルの話ですよね?繊維関係にはそういうことがありますよね。高さんがおっしゃられたとおり、コストの問題も大きいです。だから、コストがちゃんと合わさるようにするのがいいですね。

ところで、私は写真屋なので、写真印刷するときに温泉で作ったり、死海の塩とかで作ったりするんです。その時に思うのは、製品を何のCO2で作るかが重要だなと。

吉本 どういう意味ですか?

落合 火葬場でやったら、いくらも面白いCO2が取れるかもね(笑)。誰かが亡くなった時に燃やした二酸化炭素でつくるとか。

吉本 それは意味としてですか?

落合 そうです、カーボンニュートラルは意味の空間でしかないわけですから。なので、何の二酸化炭素かが重要になりますけど。

 この空間が通常400 ppmくらいの二酸化炭素を含んでいますが、これだけで糸を一本作れるかどうかといったところです。いわゆる工場の排ガスといった、CO2濃度が高いところのCO2を集めたら、もっと効率良く製品を製造できるんですが。

落合 ただ、そのためには何かを焼かないとダメなんですよね。

 カーボンニュートラルは、本当は物を燃やしたばかりで濃度の高いCO2を集めやすいところで行えば一番効率がいいのは、みんな分かってるんです。ただ同時に、サステナブルな文脈で物を売りたい人たちは、綺麗なイメージのCO2が欲しいんですね。

このような課題は多いのですが、アパレルは日本の化学産業との共存にとって、すごく可能性があると思っています。

大抵の身の回りの化学品は石油から作られていて、原料のコストは石油屋さんたちが決めますし、最終的な品物の値段は、例えばアパレルの人たちとか、生活用品を作っている人たちが決めます。なので、我々のような化学屋自身が、何か付加価値を製品につけて、お客さんに売り渡すということはできません。ですがCO2から繊維を作る技術が実用可能になれば、私たちが川上の存在としてアパレルなどへ直線販売できるようになりますから、そのときにCO2の意味づけが重要になってきます。化学産業が製品にブランドを付ける日がいつか来ると思っています。

落合 どれも同じCO2なのに意味が違うというのは、他の動物から見れば驚くでしょうね。

 もう一つ、紹介させていただきたいんですが、今日、僕が着てるものは植物のでんぷんから100 %作ったものなんです。トウモロコシのでんぷんを一回発酵させて、乳酸にして、その乳酸をポリ乳酸というものにするんです。

バイオ系のサステナブル素材だと、ビーガンレザーなどは皆さん聞いたことあるかもしれませんが、そういったものと比べて、トウモロコシは、毎年大量に作っているので優位性は大きいです。サステナブルにするためのものというのは、必ず価格が手の届くものになっていかないといけないと思うんです。あまりにも突拍子もないようなものを作ってそれが数10万円したりすると、結局作っただけになってしまいます。

ただ課題がありまして、トウモロコシのデンプンから作られているので熱に非常に弱いです。

ポリエステルと同じ温度でポリ乳酸製の物を染めようとすると、染まらずに色が入らず、すぐボロボロになっちゃうっていうのが、長年の課題だったんです。

僕もどうしようかなと困っていた時に、日本中の伝統工芸の織物屋さん、染め物屋さんの方を回って、試していただいたんです。そうしたら、なぜかわからないが成功してしまったんです。

日本の伝統工芸には、言葉にできないような力があると思うんです。民族性の話になるのかもしれませんが、「できるだけやってやろう」と考えるマインドセットがあるのだと思います。

振り返ってみると、弊社とCraft x Techさんの取り組みがつながっているなと思いながら聞いていました。

吉本 なるほど、そうですね。新田さんは工業繊維産業の方達との取り組みは今まで行われましたか?

新田 今まではあまりなかったですね。ですが、米沢は江戸時代以来繊維研究を盛んに行っていましたから、新しい素材に挑戦していきたいです。今は私の会社は絹を主に扱っていますが、レーヨンやポリエステルなど、様々なもので試みて新しいものを生み出していかなければと考えています。

吉本 ハイケムさんと新田さんがコラボレーションをするのも面白いかもしれませんね。

ここで、時間がありますので質問を受け付けたいと思います。どなたかいらっしゃいますか。

質問者1 絹が持続可能なのか疑問に思っています。蚕という一つの生命を使っていますから。実際に扱う立場としてどのようにお考えですか。

新田 持続可能性をどう捉えるかにもよりますが、需要と供給の観点からいうと、使う人がいないと作れなくなるというのはあります。基本的に、日本において、養蚕は昔は産業の一つでした。明治から昭和初期までの絹の輸出産業は日本の重要な産業でした。ところが、現在の日本では昔ほど盛んではありません。海外のブランドではたくさん使用されていますけれども。ということは、皆さんが絹に触れる機会が少なくなってしまっているということです。これは紅花も一緒です。需要があるから作るという立場は崩したくないですね。

落合 蚕と人は共生関係にあると考えています。蚕は人間が改良して作った生物で、自然界ではそのままでは生きられる生物ではない。ただ、それ以外の自然、川はどうなのか、馬は家畜なのかそうではないのか、という問題は出てきます。

 教育の問題もあるかもしれません。こういう共生関係にあるよということを実際に見せてあげたり、体験させてあげられればいいのかなと。

新田 同感です。今の蚕と人間の関係は何千年もの時間をかけて作り上げたものです。ですので、倫理観といった一つの点だけで問題を縛らずに、歴史や環境との関連の中で見ていく必要があります。先ほどの自然+や- というのはまさしくそういうところだと思います。何が良くて何が悪いのかという単純なことではないと思います。

吉本 次の方どうぞ。

質問者2 質問が2つありまして、まずは吉本さんに一つ目の質問ですが、新田さんと落合さんはどのような経緯で今回のプロジェクトのペアになったのでしょうか。二つ目は新田さんと落合さんに、このプロジェクトが終わってからどのような展望を描いておられますか。

吉本 このお二人がペアになったのは、基本的には私たちデザイナーからまず提案しています。今回はそれが大変うまくいって、デザイナーからここの伝統工芸と組みたいと言ってきたんです。しかもかぶらなかった。落合さんに一番最初に提案したときに、落合さんが苧麻という繊維がいいんだとおっしゃって、それでこのペアに決まりました。

落合 二つ目の質問についてですが、このようなプロジェクト一緒になる方とは、付き合いが長くなる傾向になります。熱中してものを作ると、二人の間に共通の認識ができます。この前はここまでやったとか、ここまで試したら次はこれを試してみようといったものが、二人の間に生まれ始めると成功です。そういったものになっていくことを期待しています。

新田  一緒に取り組ませていただいて、こういう風にできるのかどうかという課題をいただくことは、試されるという感じです。今までやっていないことに挑戦しようという思いが強くなります。繊維を使って新しいことを生み出すということが、今後も続けられるようになることが一番重要です。

吉本 最後にもうお一方どうぞ。

質問者3 海外でも展示されるということですが、Craft x Techのコラボレーションを行うことで海外と日本でどのような影響や効果を持つとお考えですか。

吉本 デザイナーは6組中我々以外の4組が海外の方たちです。彼らを東北へ連れていって、職人さんの工房を一緒に見学しました。そこで彼らの反応を見て、このプロジェクトへの期待を感じました。彼らはもちろん、日本のデザインとか日本の工芸を知っています。ですが、実際に行って見てみると、百聞は一見にしかずで、目から鱗の話がたくさんあります。

今僕自身もですが、多分ここにいらっしゃる、日本人の方々でさえも新田さんの工房に行くと概念が覆されると思います。要するに、デパートなどで販売されている漆の品物などが、どういうふうに出来上がっているのかというのを現場で見ると、多分、自分の中で、それらに対する概念の理解がかなり変わります。海外からやって来た人たちにとっては、特にそうでしょう。

だから、今回のプロジェクトにおいてすごく重要なのは、出来上がったアートピースに対して、見て下さった方に、製作の裏側に興味をもってもらうことです。コレクターさんや、海外メディアは新田さんの活動に興味関心を持っています。ですから、いわゆるプロダクトデザイン的だとか、インダストリアルデザイン的に出来上がったものを作ろうとは思いません。

落合 私はお客さんにお茶を飲んでもらおうと思っていますので。最近の現代アートでも問題になっていますが、お客さんにじっくり見てもらえないということがあります。お茶を飲むには10分は必要です。

吉本 新田さんは落合さんの個展に行かれたそうですが、お茶室を体験されていかがでしたか。

新田 とても楽しかったです。まず検索して調べてから行ったんですが、想像していたものと全然違うんですよ。構想や建築プロセスがすべて一体となって構築されていて、引き込まれてしまいました。これは体験していただかないと分かりません。

落合 何だこれは、と皆さんを驚かせたい。ぜひお茶室にお越し下さい。

吉本 ありがとうございます。これで今日の講演と対談をお開きにしたいと思います。本日はお越し下さいましてありがとうございました。

[開催概要]
日時:2024年2月9日 (金) 18:00-19:30
場所:東京大学先端科学技術研究センター ENEOSホール
   東京都目黒区駒場4-6-1 先端科学技術研究センター3号館南棟1階
登壇者:新田源太郎、落合陽一 、髙裕一、吉本英樹

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