「Craft x Tech」は、日本の伝統工芸と現代的なテクノロジーを繋ぐ新しい試みです。工芸の美しい素材や技法を、歴史と未来の両面から見つめ、新しく特別なアート作品へと昇華していきます。伝統工芸の各産地と、世界的に活躍するデザイナー / アーティストによるコラボレーションをプロデュースすることで、時に数百年という歴史を持つ工芸に新しい発見をもたらすことを目指しています。Craft x Techの第一回目は、東北6県の6産地とクリエイターがコラボレーションします。
また、アート作品の制作のみならず、「Craft x Tech」に参加するクリエイターと工芸職人の各ペアによる対談を、レクチャーシリーズとして展開しています。

本イベントは、2023年から始まった東京大学での特別レクチャーです。22023年の8月に開催した記念すべき第1回目のレクチャーでは、800年以上の歴史を有する秋田県湯沢市の伝統的工芸品「川連漆器」の歴史を受け継ぐ、株式会社佐藤商事の代表取締役社長 佐藤慶太氏と、数々の世界的ブランドにデザインを提供するアーティスト/デザイナーのサビーヌ・マルセリス氏を迎えしました。伝統工芸とデザインのフィールドで活躍する両者に、現在の取り組みについてご講演いただきました。
川連漆器 佐藤慶太氏によるレクチャー

佐藤慶太(さとう・けいた Keita Sato)
株式会社佐藤商事、代表取締役社長。鎌倉時代から続く800年以上の歴史を有する秋田県湯沢市の伝統的工芸品、川連漆器。佐藤商事は、その川連漆器の歴史を受け継ぐ中心的な企業の一つであり、ロンドン、パリ、モナコ等への海外進出、デザイナーやブランドとのコラボレーションなど、伝統を未来に繋げる活動を積極的に展開している。
800年の伝統を継承する川連漆器のコミュニティ

川連漆器には800年の伝統があります。技法としては、天然木と天然漆を使い、職人が手塗りをすることをポリシーにしています。そもそも伝統工芸品は分業制で制作しますが、弊社では自社に職人を置いており、川連漆器の産地の中で唯一、会社内分業をしているのが特徴です。
我々の産地は秋田県の南側にある湯沢市で、360度山に囲まれた盆地の中にあります。川連漆器では31から32の制作工程を分業制で行うため、職人たちは仕事が回しやすいように半径2キロ半の中に住んでいます。川のそばに木地師さん、その上に下地さんといった感じで、昔から住む場所が変わっておりません。みんなで仲良く住むというのは大変ですが、喧嘩やいろんなことがある中で、分業生産を800年続けてきています。
伝統的工芸品産地を悩ます後継者問題とライフスタイルの変化

Craft x Techでは、「伝統工芸品」に「的」が入った、伝統的工芸品産業とのコラボです。伝統的工芸品とは、経済産業大臣の指定を受けた工芸品のことを指します。これは産地の技法、工程、規模などが、国が定めた項目を満たしているという認定です。この認定を守るために、職人さんの数が欲しいとか、各パートの職人さんを守っていかなきゃいけないということが、伝統的工芸品産地の大きな課題となっています。
私が生まれた48年前には、弊社の社員は100人でした。しかし、現在では8名となり、社員の平均年齢も60歳ぐらいです。現在は、若い方を入れようと美術大学の漆芸科の生徒さんを招いたり、行政の支援をいただいたりと、後継者の育成にも力を入れています。しかし、職人が育つまでに時間がかかってしまうという課題も抱えています。カリキュラム通りに学ぶと、3年で職人の技を覚えられますが、自分の道具も作れる一人前の職人になるまでには、10年以上かかってしまいます。
また、我々の業界ではライフスタイルの変化で、売上も縮小傾向にあります。椀はかつて、冠婚葬祭やお祝いや会社のギフトや記念品として大変喜ばれたものです。現在は、そういったギフトの商材の多くがカタログギフトに変わって需要が減少しています。このような長期低迷に加え、コロナ問題や原料の高騰なども重なり、例えば漆ですと、毎年2割ずつ原料費がアップしており大変苦労しています。

新たな需要を求めて、海外マーケットでの挑戦
僕は親からこの仕事を譲り受けていますが、これを誰かに継がせたい、続けてもらわないといけない、と思っています。そのためには、自分の子供が継ぎたいと思う産業にしないといけない。それが僕の今の最大の使命であり、最大の目標です。小さい会社ではありますが、職人に理解してもらいなから新しい取り組みにも果敢に挑んでいます。
現在、弊社は海外でも活動しています。2週間くらい前には、ロンドンとパリで展示会を行っていました。去年くらいから、ヨーロッパで開催されているアニメのコスプレをした方々が来るイベントにも参加しており、漆が非常に人気です。その際にお客様の名入れを無料で行いましたが、ヨーロッパの方々は、「俺の名前を漢字で書いてくれ」など言ってくださり長蛇の列になりました。最近はB to Cという意味で、このようなイベントにも力を入れています。
我々の海外展開において、最初は飲食店をメインとしたB to Bへ向けて提案をしていました。しかし、漆器には食洗機が使えなという大きな弱点があります。そのようなことも踏まえて、飲食店への提案はお休みし、モナコなどの高級ショップに漆器を提案して、今では約10店舗ほど取り扱いいただいています。また、モナコの王室の方や、ドバイ王女への献上もさせていただいております。過去3年間はコロナで大変足踏みをしておりましたが、今年からまた新たに海外進出をしていきたいと思っています。

デザインコラボレーションから派生する川連漆器のイノベーション

吉本くんとのコラボレーションでは、この会場の玄関にある「ARC」という照明器具などを制作しています。ですが、ここに来て今まで川連漆器がポリシーとしていた木製ということを変更する必要がでてきました。強度を考えると、木では制作できない部分が多くなり、アルミなどの異素材に対しての漆の塗り方を開発しています。来年にはガラスなどにも漆を塗って、皆さんに提案したいと思っています。
我々、川連漆器業界は、どうにかして売り上げを上げていかなければなりません。そうしないと各パートの職人がいなくなり、産地がなくなってしまいます。例えば、木をやめてプラスチックにしたら木地師さんがいなくなる。塗る工程をスプレーにしちゃうと、塗装する職人がいなくなる。というように、産地を壊すのってすごく簡単です。職人たちを守るということは非常に難しいですが、これを面白く楽しくやらないと、やっている意味がありません。いろんな人に業界に入ってきていただくためには、僕らがかっこよく、また楽しそうに仕事をしていきたいと思っております。
様々なチャレンジはリスクを伴いますが、動いていくことによって生まれるプラス要素があるのではないかなと考えています。今年はサビーヌさんと色々なことに取り組んで行きたいですし、これからも伝統的工芸品の産地が、多様なデザイナーさんとコラボしてくれればいいなと思っています。

デザイナー サビーヌ・マルセリス氏によるレクチャー

サビーヌ・マルセリス
オランダのロッテルダムを拠点に活動する、アーティスト / デザイナー。数々の世界的ブランドにデザインを提供し、アーティストとしても有名ギャラリーから作品を発表する。2023年、デザイン領域における最も栄えある賞のひとつ「EDIDA Designer of the Year」を受賞。今世界で最も注目を集めるクリエイター。
素材や生産プロセスからのインスピレーション

私はオランダのロッテルダムに拠点を置いており、様々な素材や生産プロセスに関与して取り組んでいくのを得意としています。特に素材の中でもガラスと樹脂が大好きで、私がよく扱う素材です。これらの素材には、透明性と光を自在に操ることができる側面があるからです。
私のチームでは、多種多様なプロジェクトに取り組んでいます。素材、インスタレーション、物のデザインを行うスタジオであり、物質性や製造プロセスの中で神秘的な瞬間を探し求め、予期せぬ体験を創造しています。私たちは素材の専門家とも多くのコラボレーションを行っており、実際に樹脂の工房と建物を共有し、協力することによって私たちのエコシステムを作っています。私たちは一緒に経験を積み、試行錯誤しながら、より大きな実験を試すことができます。このことは、製品に直接携わって様々な可能性を追求するために非常に良い方法です。
私は座ってアイデアをスケッチし、それをどのように制作するのか考えるタイプのデザイナーではなく、最初から素材や生産工程に関わって、そこからインスピレーションを得ています。特に、素材の中で色がどのように動作するかをしっかり理解したいと思っています。色の捉え方ですが、色は最後に平面的に塗って出すものではなく、素材そのものにあるもので、三次元なものだと捉えています。そして、表面がマットなものと磨かれたものとでは、色の感じ方がまったく違ってきます。

自然の要素によって活性化する物質性
私は扱う素材をさらに活性化させるために、自然要素を取り入れることに興味があります。たとえば、静止したオブジェクトがあり、そこに太陽光が差し込むことで、一日を通した光の当たり方によって、いろいろな表情が出てくるのがとても好きなんです。数年前、ある時計ブランドから、彼らの新しい時計を表現するためのデザインを依頼されました。そこで、時計の起源は日時計なのだから、太陽光で何かできるのではなかと。完全な円の形をした象徴的な建築パビリオンの中に、日が経つにつれて様々な色に反射するよう柱を制作しました。

そして昨年は、サウジアラビアで開催された光のフェスティバルのために、インスタレーションデザインを依頼されました。私は先ほどの日時計の考え方を再考したいと思いました。いくつかの異なる柱を設けてそれぞれの柱をわずかに動かし、太陽が当たると無数の反射が起こるようにして、日時計の価値を高めたかったのです。光のフェスティバルは、夜に光が点灯している時に注目を集めますが、それだけではく、天然光、太陽光という素晴らしい光を、日中に活かすことができないかと考えました。
そこで、光が明るいほうからは反対側が見えなくなる、マジックミラーを活用しました。それぞれの柱の中には人工光線が入っていますが、日中は太陽光の方が明るいので中が見えません。屋外の光が徐々に暗くなると、オブジェの中の光が見えてきます。輝きを放つと中の光がさらに強烈になり、周囲と相互作用を起こします。柱の中にはガラスによって色づいた2本の照明が入っており、ミラー効果によって本数がより多く見えてきます。また、それらが近くの川に反射することによって、さらにその光の数が増えて見えます。このように素材が持っている以上のものを引き出そうとすることが常に重要です。

自然の力を利用する素材
私たちの次の展望は、自然の力を活用することです。初めて太陽光パネルが発明されてから、長い時間をかけて発展してきました。しかし、太陽光パネルをパブリックアートに組み込むには、まだまだ道のりが長いように感じます。
太陽光パネルがテラコッタタイルのような異なる素材を模倣したり、完全に透明な太陽電池の研究が行われていることは、私にとって非常に興味深いです。私は層状で製造されるガラスを扱うことが多いので考えさせられてしまいました。太陽光パネルもラミネートガラスの工程で作られていますし、私は太陽電池の見た目を損なうことなく、これら2つのイメージを合体させることができるなら見てみたいと思いました。

昨年、Audiの依頼でパイロット・プロジェクトを行いました。電気自動車の充電ステーションですが、日中に物体に当たる太陽光をエネルギーに変換させて充電器に送り込みます。私は「太陽光パネル」と主張することなく発電できる、芸術的で公共的な空間の未来について真剣に考えています。

今回、Craft x Techチームの皆さんとデザインできる機会をいただき、本当に素晴らしいチャンスだと感じています。他のプロジェクトと同じように、素材や制作プロセス自体からインスピレーションをもらって取り組んでいきたいと思っています。様々な色や表面仕上げも試してみたいです。とても楽しみにしています。

[開催概要]
開催日時:2023年8月5日 (土) 16:00-19:30
場所:東京大学先端科学技術研究センター ENEOSホール(東京都目黒区駒場4-6-1 先端科学技術研究センター3号館南棟1階)
登壇者:佐藤慶太、サビーヌ・マルセリス