「Craft x Tech」は、日本の伝統工芸と現代的なテクノロジーを繋ぐ新しい試みです。工芸の美しい素材や技法を、歴史と未来の両面から見つめ、新しく特別なアート作品へと昇華していきます。伝統工芸の各産地と、世界的に活躍するデザイナー / アーティストによるコラボレーションをプロデュースすることで、時に数百年という歴史を持つ工芸に新しい発見をもたらすことを目指しています。Craft x Techの第一回目は、東北6県の6産地とクリエイターがコラボレーションします。
また、アート作品の制作のみならず、「Craft x Tech」に参加するクリエイターと工芸職人の各ペアによる対談を、レクチャーシリーズとして展開しています。

本イベントは、2023年から始まった東京大学での特別レクチャーです。2024年の5月に開催した第4回目は、佐秋鋳造所の佐藤圭(さとう・けい)氏をお迎えしました。
デザイナーのマイケル・ヤング氏(Michael Young)は残念ながら登壇がかないませんでした。
佐藤氏によるレクチャー

佐藤圭(さとう・けい Kei Sato)
プロフィール
佐秋鋳造所三代目。伝統工芸士。1978年生まれ。2004年より家業に従事。祖父が築いた伝統的な技術を用いて主に鉄瓶を制作。また、現代的技術も使い様々なアイテムを制作。個人的活動としては、レストランや料亭、デザイナーやブランドから依頼を受けオリジナルアイテムをさまざま製作。デザインから技術的なところまで、工房内で行うすべての作業を手掛ける。
南部鉄器の歴史

南部鉄器というのは、岩手県内で製作された鋳物製品の総称です。鉄器の産地は主に2箇所あります。1つ目は岩手県盛岡市です。約400年前に南部藩主が京都から釜師を呼び、茶釜や鉄瓶を作らせたことから始まりました。社会の上層にいる人々の間で用いられた献上品など、至高の文化の中で用いられるものでした。もう一つは、岩手県の南にある水沢という町です。ここでは約900年前に、奥州藤原氏が近江国から鋳物師を呼び、鉄鍋やご飯釜など、庶民の日用品を作らせたことがきっかけで鉄器産業が栄えました。私たちの工房は、この水沢町で発展した鉄器作りの流れを汲んでいます。もともと、この2箇所の土地は良質な燃料や鉄材、さらに型を作るための砂が採れる場所でした。土地の良さと歴史が結びついて鋳物産業が根付き、現代に至っています。 江戸時代、岩手の中央から北が南部氏の治めた南部藩、南が伊達氏の仙台藩でした。近代になってこれらの地域が1つにまとめられて岩手県となり、さらに戦後、伝統産業に名前を付けるというときに、盛岡は岩手県の県庁所在地であり、南部という名前を使うことができるとなりました。また、水沢は岩手県の南にあるので、南部という言葉を使っても差し支えないということで、2つを合わせて南部鉄器と称することになりました。
南部鉄器の工程

製作工程には大まかにいうと4工程あります。まず1番目は鋳型作りです。次に注湯があります。湯を注ぐという漢字を使いますが、溶かした鉄を流し込むことを指します。3番目に研磨と加工によって形を整えます。そして最後の4番目に着色作業があります。鉄はそのまま放置しておくと錆が出るので、錆止めも含めて塗装します。これら4つの工程は大まかな区分でして、実際の作業を細分化すると60工程以上あります。
私の地元の鉄器産業の特色は、鋳型作りと着色作業にあります。鋳型作りには2種類ありまして、焼型と生型という技術があります。焼型は、鋳型を1つずつ手作りするもので、機械や電力を使わずに、川から採取された砂を使って昔ながらの道具で作ります。主に鉄瓶や茶の湯の釜を作るときに使う技術です。生型は、金型とも呼ばれるもので、機械と電力を使って量産するための鋳型を作る技術です。鉄鍋や今キャンプブームで人気のスキレット、風鈴や文鎮、急須などの量産小物を作るのに適しています。 着色の方法ですが、1つには天然漆で着色する方法があります。これは手作業で一つ一つ焼き付けていきます。もう一つは人口塗料をエアガンで一気に吹き付けて着色する方法があります。伝統工芸品として指定を受けているものは、焼型の鋳型で成型し、天然漆で着色された鉄瓶で、私の工房でもこの鉄瓶を専門に作っています。
南部鉄器の敷居を下げる

私は2004年、25歳のときに実家の佐秋鋳造所に入って鉄瓶製作を始めました。2019年に、焼型作りと着色の技術が認められて、伝統工芸士という国の資格を取得しました。祖父と父の代から作り続けている鉄瓶を今も作っていますが、それとは別に「〜ゆるり〜」というブランドを立ち上げました。こちらは生活に寄り添う普段使いの鉄器作りをコンセプトにしています。
私が仕事を始めた今から20年ほど前は、作る製品の主流は小さい突起がついた鉄瓶が主流でした。ただ、伝統産業というのは多くの人々にとって決して身近な存在ではなかったので、自分の進む方向を考え始めるようになりました。もっと多くの人に南部鉄器を知ってもらうために、自分はどのような活動をしていけばよいのか。そのときに考えたのが、南部鉄器の敷居を下げたいということです。伝統や南部鉄器という言葉を聞くと、どうしても格式張ったものを想像しがちですが、物を作って売る仕事をする以上、売れるものを作らなければならない。伝統にしがみついていては何も変わりません。「これいいな」と思って手に取ってもらった物が、実は南部鉄器だったという物作りをしたい。そこで、「〜ゆるり〜」というブランドを立ち上げました。「〜ゆるり〜」というブランドは、鉄瓶でお湯を沸かすときに、蓋を少しずらして湯気の逃げ道を作るときに、蓋の横から湯気が上に上がってくる様子が緩いと思ったところから名前を付けました。 他にも、外苑前のとあるレストランのシェフの方から、3升炊きのご飯釜を作ってほしいという依頼がありました。お客様に竈の釜で炊いたご飯をお出ししたいというのです。これは寸法が大きいので、先ほどお話しした、生型ではできない寸法です。そこで、お店の雰囲気を注意深く観察したり、シェフの要望を聞いて理想にぴったりのものを作るよう努力しました。お釜の把手も私が作りました。これは鉄筋をただ曲げて作っただけでして、おかげで鉄筋を曲げる技術まで身につきました。一般的に、鉄瓶屋さんや鋳物屋さんは鉄筋を専門とする方に外注しています。私は鉄についてもっと詳しくなりたいのと、なるべく自分でやりたかったので、把手も作ってみました。鉄瓶だけを作っていたら絶対にできなかったと思う製品に挑戦できたのが嬉しいです。これをきっかけにもっと南部鉄器を広めていきたいので、自分が作る鉄器には佐藤圭という印は入れていません。作家性を売りたくないんです。
原点回帰と技術の向上

最近は昔ながらのものも作ろうと思っています。これは先月完成した鉄瓶ですが、釜の胴の下部が少し欠けて、不規則な形になっています。これは昔ながらの鉄瓶や釜にあるデザインのうちの1つです。このほころびた印象に合わせて、蓋にはドクロのつまみを付けました。ドクロは立体的になるよう、技術を駆使して作っています。 先週までとある催事でお客様の前に立って鉄瓶を販売していたんですけれども、変わった鉄瓶があるとお客様が足を止めて見てくれます。こういう鉄瓶がきっかけとなって興味を持ってもらえればいと思っています。南部鉄器の敷居は下げつつ、でも技術向上は怠らないというのが今のやり方です。今回、Craft x Tech で新しいものづくりができるということで、デザイナーのマイケルさんからは色々な注文をいただきまして、それも新しい自分へのレベルアップ、スキルアップにつながると考えて取り組みました。この取り組みを見た方々から、「これが南部鉄器なの?すごい!」と感動してもらえたら嬉しいです。
[開催概要]
日時:2024年5月21日 (火) 18:00-19:30
場所:東京大学先端科学技術研究センター ENEOSホール
東京都目黒区駒場4-6-1 先端科学技術研究センター3号館南棟1階
登壇者:Michael Young、佐藤圭、吉本英樹