- フィリップは、純粋でシンプルな彫刻的フォルムを好むデザイナーです。そんな彼の感性は、尾張七宝という伝統工芸とどのように響き合ったと思いますか?
マルアン氏は尾張七宝特有の精緻な職人技と装飾性に注目しました。伝統的な七宝の装飾には花鳥風月や四季など具体的なモチーフが多いですが、彼は表層の内容よりも全体の構造の中で装飾性が形状や機能とどのように調和し、その役割を果たすのかについて追及していました。そして日本滞在中に得たインスピレーションをもとにシンプルで美しいフォルムを構築しましたが、尾張七宝の緻密な手仕事はミニマルな形状と共存しながらも静かな存在感があり、職人の技術と彼の現代的な感覚は上手く親和しているように感じます。

- フィリップのデザインに応えるうえで、制作工程や技術面で調整が必要になった部分はありましたか?
主に形状の調整が必要でした。蓋付き容器としての七宝には通常、容器と蓋の嵌合部分に覆輪という金属の輪を後付けします。上下の覆輪がかみ合うので七宝本体に嵌合形状は含めないのですが、今回のコラボレーションでは象徴的なフォルムに覆輪の存在感がマッチしない為、覆輪の機能を備えたベースの形状を考案する必要がありました。焼成による歪が嵌合にも大きな影響を与える事となり、デザインを損なうことのない形状と、重ねる事による作品の耐用性を考慮しなければならず苦労しましたが、結果的に可能な限り要素をそぎ落としたシンプルな仕上がりになったと思います。

- 現代的なデザインと尾張七宝の深い伝統を組み合わせる中で、最も刺激を受けたのはどのような点でしたか?
積み重ねる機能と組み合わせを変えて楽しめる自由度は、従来の七宝焼にはなかった様に思います。伝統工芸としての七宝焼は機能より鑑賞に重点を置かれることが多いです。これは日本の生活に木や漆、陶芸など日常使いに向いている素材が既にあった事、尾張七宝が装飾性の高い奢侈品として扱われていた事などによりますが、今回、その考えをいい意味で覆してくれたと思います。手に取り、空間に合わせて自由にアレンジし、好きなものを入れて楽しむ。プロジェクトを通して七宝焼がより身近なものとして受け入れられることを期待します。

- 今回のコラボレーションは、尾張七宝がこれから先も進化を続けていくうえで、どのような可能性をもたらすと感じますか?
現代的なデザインと安藤七宝店で受け継がれてきた技術や伝統的な装飾との関係性について、とらえ直すきっかけを与えてくれました。古い体制に固執せず、時代が求めるカタチに対応していくことは我が社の目指すところですが、社内だけでは斬新な発想に不足する部分があります。加えてどうしても、制作において既存手法を優先する事もあります。しかし困難な壁に挑んでこそ進化があるということを改めて学びました。またマルアン氏の彫刻的感性は、今後安藤七宝店が新しい提案をしていく中で必要なエッセンスとなるでしょう。

- 本プロジェクトを通じて、色や仕上げ、七宝ならではの釉薬表現の可能性について、新しい見え方は生まれましたか?
ベース色の「白」の中には様々な透明度、色味の釉薬を使用しています。一般的な七焼では複数の色味の釉薬を調合、加熱、粉砕し完全な単色にしてから使用しますが、今回は敢えて調合した釉薬を加熱、粉砕せずそのまま使用し複雑なテクスチャーを演出しました。
この手法は元来弊社で使用しておりませんでしたが、社内人材新陳代謝を行う中で新たなスタッフによる提案で活用し作品に大きな影響を与えております。ドット模様もささやかな違いですが3色使用しています。この点は主張しすぎないこだわりポイントです。鮮やかな色彩が特徴である七宝焼の中で完全なモノトーンであることは珍しいですが、味わいは残しつつモダンで洗練された姿になり我々も新しいし刺激を受けました。
安藤七宝店・安藤重幸 (@ando-shippo.co.jp)
[Questions by Maria Cristina Didero]